『情操(じょうそう)教育』ってなに?

ある小学校の指導要綱の一例

ある小学校では、「自分の正しいと信ずるところにしたがって意見を述べ、行動する」というねらいを達成するためといって、次のような指導要点を掲げています。(1)社会良識に外れないように

子どもの正義感を持たせるとともに、そのあらわし方には弾力性があり、健全な社会良識に反しない方向に導く必要がある。

(2)広い角度から見る訓練をさせる

 子どもの正しいと信じることが、客観性を持っているかどうか反省させる。

 他人の意見にも耳を貸し、自分の考えいたらない点があれば、それによって補う態度を身につけさせる。

 正義感の大切なことを認めさせながら、物事を広い角度から見る訓練をする

 広い角度から見ることができるようになると、子どもは一つのことがらが、いろいろの条件から成り立つことを理解し、表にあらわれた結果だけで一方的に決めつける態度をとらなくなる。

上記のような

『感情や情緒を育み、創造的で、個性的な心の働きを豊かにするための教育』

『道徳的な意識や価値観を養うことを目的とした教育』といったことを意味する教育を、情操教育(じょうそうきょういく)といいます。

具体的には、どういう教育内容なのか、以下で細かく説明していきます。

情操教育における3つの分野

情操教育は大きく分けて3つの分野から学んで心を育てることを言います。

①「道徳的情操教育」

②「命を大事にする情操教育」

③「美術的情操教育」

の3つです。

①「道徳的情操教育」

まずは「道徳的情操教育」です。困った人を助けてあげたい、泣いてる人を慰めたい」

などの人を思いやる心を育む事を指しています。

道徳心というものです。

優しく人を思いやれる心はぜひわが子に持ってもらいたい心です。

情操教育のほとんどは、この分野のことを言います。

 

②「命を大事にする情操教育」

本当は「宗教的情操教育」というのですが、「宗教」と書いてあると、何かヘンな感じがしますので、言い換えてあります。

要は、生物の命を大切にする心や、神さまや仏様、ご先祖様の考えを知ったりなど『命を大切にする心』を指しています。

動物虐待や、通り魔など、全ての事件がこの情操教育の失敗や不足だというわけではありませんが、具体的に言えば人や動物、植物や生き物全ての命の尊さを知るという情操教育がより多く実践されていれば、この様な事件も減るのではないかと言われています。

 

③「美術的情操教育」

絵画や音楽などの芸術を通して学べる豊な心のことです。

具体的には、作品を見て「きれいだな」「美しいな」と思える心です。

このような心は、物を大切にする心や、自身の豊な心の感情を育むことができます。物を見て美しいと思える、清らかな心を育てる事も情操教育の一部です。

情操教育の柱となるのは、「道徳的情操教育」

今は、「道徳」という授業名で小学校で行われている道徳的情操教育ですが、この分野に関しては、昔の日本の教育制度のほうが圧倒的に優れていました。

昔は「道徳」の授業のことを「修身(しゅうしん)」と言いました。

百科事典には、『修身は、「身を修めること」を意味し、第二次世界大戦前の日本の小学校における科目のひとつ。

1890年(明治23年)の教育勅語発布から、1945年(昭和20年)の敗戦まで存在した。イギリス等の宗教教育や戦後日本の道徳教育に相当するものである。』とあります。

ハッキリ言えば、正義や公平を愛して他人に優しく模範的な日本人として生きるべし。

という内容で、これが軍国主義的だと拡大解釈されて、戦後は「道徳」という名前に変えて、やわらかくなった結果、日本全体が「模範」や「規範」という概念がユルくなってしまって、道徳的な情操教育が、イマイチうまくいっていない。

というのが、現在の状況です。

道徳的情操教育の特効薬「偉人の伝記を読む」

上手に書かれた伝記を読んでいると、その伝記の人物と自分を重ね合わせながら読み込んでいることに気付きます。

大人でも、何かで悩んでいたり、苦しんだりしている状態の時には、得てして自分を客観的に見れていません。

自分を客観的に見るために、誰かに相談したり、占ってもらったり、セラピストにお金を払ったりするくらいなら、自分と同じ悩みを抱えた「伝記」を読んだほうが効果的で安上がりかもしれません。

また、多くの伝記に触れると、わかってくる事実のひとつが「必ず、調子の良いときと悪いときがある」ということです。

大体、『伝記』になるような人は、大変な目に遭遇しているわけです。

偉人が悲惨な境遇になった時期にもあきらめずに頑張って、その結果成功しているのを知り、努力の大切さをさとって、子どもは力が湧いてくるのです。

「ん、まだ自分はやれるなぁ」と思ったときが、自分の状態と周りの環境を客観視できてきた証拠です。

調子が悪くても、『こーいうときもある。アレよりはるかにマシ』と自然に不調を受け止めるようになれるのが、伝記の効能の1つです。

苦しみや悲しみに注がれているエネルギーを、元気が出る方向に使えるようになるのです。

伝記の一例: 「代表的日本人」 上杉 鷹山

1961年、43歳で第35代アメリカ合衆国大統領になったジョン・F・ケネディ。

大統領就任あいさつの時、日本の新聞記者が「日本で最も尊敬する政治家はだれですか」と質問しました。

これに対し、ケネディは「上杉 鷹山(うえすぎ ようざん)です」と即答しました。

その場にいた日本人記者全員が誰のことかわからずとまどっていた姿を見て、ケネディが「日本人なのに何で知らないの?」と不思議がったという逸話があります。

この話しを裏付けるように、2013年11月、駐日米国大使に就任した長女キャロライン・ケネディは、「父ジョン・F・ケネディ元大統領は、江戸時代の米沢藩の名君とされる上杉鷹山を尊敬していました。

就任演説に代表される考え方は、鷹山の影響を受けています」と述べました。

(1961年1月20日の、ジョン・F・ケネディの大統領就任演説は、歴史的に英語の名スピーチとされています。)

自分の国(アメリカ)の不況を打開するために、150年前の江戸時代、貧しい米沢藩を立て直した上杉鷹山を研究していたケネディ大統領。

この上杉鷹山についての「伝記」の各シーンが、昔の「修身」の教科書には必ず出ていて、戦前の教育を受けた日本人なら、誰もが必ず知っています。

戦後の教科書にはなぜか一切掲載されなくなり、今の日本人には、ほとんどなじみのない人物になりましたが、日本人の気質としての美徳がすべて揃っている話しなので、子どもだけでなく、お父さんお母さんも知っておくべきだと思い、紹介したいと思います。

ちなみに、ケネディは何を読んで上杉鷹山を知ったのか?ということですが、おそらく『代表的日本人』を読んだのだと思います。

『代表的日本人』とは、1894年に内村鑑三が書いた本で、西郷隆盛・上杉鷹山・二宮尊徳・中江藤樹・日蓮の五人の生涯を、全文英語で書かれています。

開国したての日本が、外国人に対して、日本人とはどういう感じなのかを紹介する目的の内容になっていて、これをケネディは読んでいたのではないか?と予想されます。

「上杉 鷹山 要約」

上杉鷹山が米沢藩主になったのは、江戸時代中期から後期の時代です。

貧しさや凶作・飢饉のために、13万人いた人口が10万人弱にまで減少していました。

絶望した領民が次々に藩を逃げ出す状況のなかで、日本一の貧乏藩(現代なら倒産したも同然の企業)を、他の家から養子に来た若い藩主・上杉鷹山が想像を絶する苦労をして、日本一豊かな藩に導いていきます。

藩主になった鷹山は、春日神社・白子神社に奉納し決意をします。

神社に奉納した誓いの言葉には、こう書いてありました。

・民の父母の心構えを第一とすること

・学問・武術を怠らないこと

・質素・倹約を忘れぬこと

・賞罰は正しく行うこと

藩主なのに、自分は質素な生活に徹して献身的に努力しました。

常に自己研鑚を重ね、言動は全て真心から出てくるような人物であるため、少しずつ領民の信頼を得ていきました。

莫大な借金を背負っての出発で、少し良くなりかけると大飢饉が襲ってきて、それまでの努力が水の泡になったり、これでもかといわんばかりに苦難が襲ってきます。

しかし、鷹山はうまくいかなかった原因を探り、どんな困難にも決してあきらめず障壁を少しずつ打ち砕いていきます。

長い間に蓄積した負の要因は短期間で改善できるものではありません。

現場主義で得られた情報をもとに計画は短期と長期に分け、成果の出やすいものに的を絞って実行し、時間をかけて着実に成果に結びつけていきました。

そして、米沢藩は日本有数の豊かな地域として発展を遂げました。

というのが伝記の要約です。

鷹山の生き方には、役立つ教訓が数多くあります。

鷹山の藩政改革も前半は失敗の連続でした。途中であきらめていたとしたら本当の失敗です。

成功した場合も、計画の何倍もの時間がかかっており、失敗から学べる事例は枚挙にいとまがありません。

しかし、あきらめずに、ひたすら努力して状況を改善し、ついに成功に導きます。

『 為(な)せば成(な)る  為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり』

人が何かを為し遂げようという意思を持って行動すれば、何事も達成に向かうのである。

ただ待っていて、何も行動を起こさなければ良い結果には結びつかない。

結果が得られないのは、人が為し遂げる意思を持って行動しないからだ。

上杉鷹山の一番有名な言葉です。

「為せば成る 為さねば成らぬ」の上の句は、みなさんも聞いたことがあると思います。

昔の日本の子どもたちは、率先垂範(そっせんすいはん・自分が先頭に立って頑張ること)の上杉鷹山の話しを学校の授業や親から何度も聞かされて、「やる気があれば何でもできる」というふうに心を鼓舞されていたのでした。

そして、ケネディ大統領も、当時は東西冷戦真っ只中のアメリカの状況を、上杉鷹山の伝記と照らし合わして触発され、有名な『国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが、国のために何をできるかを問うて欲しい』という就任演説のセリフを思いついたのでした。

「天才laboからのメッセージ」

今の道徳の教科書も、昔の修身の教科書も、有名な立派な人の行いから1シーンを切り取って、子どもに対する教訓を引き出す。

という構成が多いです。

ということは、「道徳的情操教育」のために、立派な人の伝記を読むことが最も効果的なのは、昔も今も変わらないわけです。

現在は、野球選手の松井秀樹などが小学校の道徳の教科書に出てたりしていますが、今は忘れられかけている昔ながらの日本の偉人伝も、ぜひ子どもに読み聞かせてあげることをお勧めします。

 

お勧め図書

『漆(うるし)の実のみのる国 上・下 (文藝春秋)』

上杉鷹山がどんな人物で何を成し遂げたのかが、わかりやすくかかれた本です。

 

『明治・大正・昭和…親子で読みたい精撰尋常小学修身書 (小学館)』

そのものズバリ昔の修身の教科書の復刻版です。

当時の日本の子ども達に良い影響を与えた、代表的な物語が厳選されて収録されています。